東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2046号 判決 1967年10月16日
原告
日本ロードサービス株式会社
右輔佐人弁理士
門間正一
被告
道路産業株会社
右代理人弁護士
新長巌
被告
日本ライナー株式会社
右代理人弁護士
坂本吉勝
右同
菊地武
右同
鎌田隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
一、原告の申立
被告道路産業株式会社は別紙第一目録記載の方法を、被告日本ライナー株式会社は別紙第三目録記載の方法を、それぞれ業として使用してはならない。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
二、被告らの申立
主文同旨の判決を求める。
第二、請求の原因
一、訴外豊沢豊雄は昭和三八年五月六日その発明した「反射効果をもたせた道路標示線の形成方法」について特許出願をし、昭和四〇年七月三〇日出願公告を受けた(昭四〇―一六六二三号)。同人は昭和四一年三月一日訴外日本ロードマーキング株式会社に、同会社は同年四月一六日原告に対してそれぞれ前記特許を受ける権利を譲渡し、その都度名義変更届を提出した。したがつて、原告は前記発明についていわゆる仮保護の権利を有するものである。
二、本件発明の特許請求の範囲は、別紙添付の特許公報の該当欄に記載されているとおりであるが、同公報の「発明の詳細な説明」の項第二段の記載(公報第一頁左側下から二一行目から同三行目まで)および「……本発明に於て使用するスプレイガンは塗料を噴射せしめ塗料フィルムを形成せしめるものであればよいし、ビーズガンも硝子微粒体を噴射せしめるものであればよいのである……」(公報第一頁右側上から九行目から一四行目まで)との記載によつてみれば、本件発明の要旨として重要なのは、「高温流動状の塗料をスプレイガンによつて路面上に吹付けて、塗料フィルム20を形成せしめ、このフィルム20が膠着しないうちにスプレイガン6から硝子微粒体(ビーズ)を噴射しこれを打込んで反射効果をもたせた道路標示線を形成する」点にあると解される。
三、被告道路産業株式会社は、別紙第一目録記載の工法を使用して別紙第二目録記載の各道路標示線の工事を、被告日本ライナー株式会社は、別紙第三目録記載の工法を使用して別紙第四目録記載の各道路標示線の工事を施行した。
四、被告らがその各工法において使用しているスプレイガン装置、ビーズガン装置等は、いずれも本件発明工法の実施装置と同一であり、使用している塗料も高温流動状の塗料であつて同一であり、被告らの各工法はいずれも本件発明工法の要旨として述べたところと同一であつて、被告らの各工法は本件発明工法の技術的範囲に属する。
五、被告らは前記工事施工に引続き、それぞれ前記工法を使用して各地で工事を施工しようとしており、原告の仮保護の権利を侵害するおそれがある。
よつて、原告は仮保護の権利に基づき被告らがその各工法を使用することの差止を求める。
第三、被告らの答弁
一、請求原因第一項の事実は認める。
第二項のうち、特許請求の範囲の記載および特許公報の引用部分は認めるが、発明要旨の解釈は争う。
第三項から第五項までは否認する。
二、本件特許出願は、昭和四二年二月二二日、訴外プリズモ・セフティ・コーポレーションよりの異議申立が理由あるものと認められ、拒絶査定を受けた。もつとも、原告は拒絶査定に対して審判請求をしているが、このように拒絶査定を受けた仮保護の権利には、差止請求権を認めるべきではない。
第四、被告らの主張に対する原告の答弁
本件特許出願について被告らの主張するとおり拒絶査定があり、原告がこれに対して審判を請求したことは認める。
証拠<省略>
理由
<前略>
特許出願について出願公告があつたときは、特許出願人は業としてその特許出願に係る発明を実施する権利を専有することは、特許法第五二条第一項の規定するところであり、これが仮保護の権利と呼ばれるものである。この仮保護の権利侵害行為に対する差止請求権が含まれるかどうかについて判例学説とも意見が分れていることは周知のとおりであつてこのことはこの問題について特許法明らかな規定を設けず条文の文字解釈からはどちらの意見をも導き出すことできることを物語るものである。それ故、この問題は単なる条文の文字解釈からではなくて、仮保護の権利が果して登録後の特許発明と同様な保護を受けるに値いするものかどうかという実質上の見地から検討するのが相当であると考える。
ところで、仮保護の権利はその特許出願について拒絶をすべき旨の査定または審決が確定したときは、はじめから生じなかつたものとみなされるのであるから、いわば解除条件付のものであり、不安定な権利であることは間違いない。しかし一口に仮保護の権利といつてもその特許発明の実質をみると種々雑多であつて、その中には異議の申立もなくて間もなく登録されるに違いないものもあれば、拒絶の審決があつて将来恐らく登録されないだろうと思われるものもある。
前者については登録後の特許発明と同視してこれと同様の保護を与えるのが相当であろうし、後者についてはこれを否定するのが相当であろうと思われる。このように考えるときは、仮保護の権利を与えられた特許発明のうち登録を受ける蓋然性が高く特許権と同視してよいものに対しては差止請求権を与え、その蓋然性が低いものに対してはこれを認めないと解するのが妥当であると考える。
三、このような見地に立つて原告の仮保護の権利をみると、それは異議の申立によつて拒絶査定を受けているのである。それは原告の審判の請求によつて取り消されることがないとはいえない。しかし、そうなる蓋然性は極めて低いとみて差支えあるまい。してみると、一旦拒絶査定があつた以上、将来それが取り消されて登録を受けるに至る蓋然性は低いものといわなければならないから、このように拒絶査定を受けた原告の仮保護の権利に対しては差止請求権を否定するのが相当である。
四、よつて、原告の仮保護の権利に差止請求権のあることを前提とする原告の請求は、他の点について判断するまでもなくすでにこの点において失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(古関敏正 水田耕一 牧野利秋)